三本の矢の教えはアメリカにもあった!!

 毛利元就の三本の矢の教えは有名だが、それと同じ教えがアメリカの歴史にもあった。

 1754年9月11日早朝、ジョージ湖畔には3,000人の植民地軍と250人のモホーク族が滞陣していた。エドワード砦にフランス軍が迫っているという情報を受けて作戦会議が開かれる。
 フランス軍の正確な位置はわからない。しかし、このままエドワード砦を放置することはできない。とりあえず、500人の援軍を送るのはどうだろう。
 モホーク族のヘンドリックはウィリアム・ジョンソン将軍に問われて答える。
「戦うには少な過ぎるが、全員はやられないだろう」
 そこでジョンソンは援軍の数を2倍の1,000人に増やす。
 さらに全軍を3つに分けるという提案がジョンソンの口から漏れる。
 するとヘンドリックは数本の矢を取ってきて、その中の1本をジョンソンに渡して折れるかどうか試すように求める。
 矢は簡単に折れた。
 今度は3本の矢をジョンソンに渡してヘンドリックは言う。
「3本を一緒にすれば折ることはできないだろう。しかし、1本1本であれば簡単に折ることができる」
 つまり、各個撃破されるような愚は冒すべきではないということだ。ジョンソンは納得する。
 こうして全軍が湖畔の軍営を出立してフランス軍の迎撃に向かう。

・・・・・・・・・とその結果、ジョージ湖の戦いはイギリス軍の勝利に終わる。まさかヘンドリックが毛利元就の話を知っているわけはないよな。でも三本でも折れてしまったらヘンドリックは何と言ったのだろうか。出撃は止めろと言ったのだろうか。