売れない本は駄目な本か

 読書家には分かっていることだが、ベストセラーは必ずしも良書とは限らない。なぜなら本というものは非常的に個性的なものであり、それが読む人すべての好みに合うことは絶対にないからだ。したがって、売れていない本でも良書は存在する。

 例えば世界一売れなかった本は何か。きっと1冊も売れていない本はいくらでもあると思うのでその問いは意味がないかもしれない。しかし、売り切れるまで最も長くかかった本は存在するらしい。それは1716年にデイヴィッド・ウィルキンズという人がオックスフォード大学出版局から出したNovum Testamentum Aegyptiumという本。コプト語の聖書をラテン語に訳した本らしい。ギネス世界記録公式サイトによれば、500部を売り切るのに191年かかったらしい。1年間に2、3冊しか売れなかった計算になる。

 ウィルキンズの本は駄目な本なのだろうか。例えば聖書を研究している人にとっては価値がある本かもしれない。

 他の例を考えてみよう。例えばスコット・フィッツジェラルドの『華麗なるギャッツビー』は今ではよく知られている作品である。ディカプリオ主演の映画も記憶に新しい。しかし、1929年の印税は、アメリカ版とイギリス版を合計してわずかに5ドル44セントしかなかった。最近、封切られた映画『ベストセラー』でもフィッツジェラルドは登場するが、『華麗なるギャッツビー』の印税が非常に少ないとこぼしている。

 『嵐が丘』で文学史に名を残すエミリー・ブロンテは姉妹とともに家計の足しにするために詩集を出したが、僅かに2部しか売れなかったという。

 世界で1億7,000万部が売れたという『ドラえもん』でさえ、かつて打ち切りの危機があったという。それまでの連載がまとめられた単行本が発行されて1年間で実に100万部以上が売れ、危機は回避された。いったい何がきっかけになるか分からないものである。

 本ではなく絵画だが、ゴッホの絵も売れなかった。ゴッホは生活費を得るために描いた絵を古道屋に売っていたという。古道具屋はゴッホの絵そのものを買ったのではなく、絵が描かれた画布を転売するために買ったのである。おそらくゴッホが絵を描いていなければ画布はもっと高く売れただろう。

 もちろんエドワード・ギボンの『ローマ帝国衰亡史』のように幸運な例もある。ギボンは出版の前に次のように書いている。

 出版までの恐ろしい合間、私は好評を期して思い上がるでもなく、軽蔑を恐れて消沈するでもなかった。私の勤勉と精確は自分自身の良心が保証した。歴史は最高と最低のいずれの才能にもうまく理解されるから最も万人受けする種類の書き物である。

 ギボンはたとえ思い上がっても許されただろう。なにしろ『ローマ帝国衰亡史』の第1巻は発売されて3日で初版が売り切れたのだから。

 結局、読者として本を購入する時、売れているか否かは重要ではなく、自分の感性に合うかが重要だと思う。私はいつもそう考えて本を買っている。