キュレーションメディアの望ましいありかた

 本来、キュレーターという存在は博物館や美術館の学芸員という意味合いだったと思う。学芸員は、どのように展示したらよいのか美術品その物を研究したり、展示方法を考えたりする。我々が博物館や美術館に行った時、キャプションを見て「ああ、なるほど、なるほど」と勉強になる。
 そういう本来のキュレーターの意味に立ち返ってキュレーションメディアの望ましいありかたを考えて欲しい。例えば「花粉症対策について」を取り上げる場合。
 花粉症の原因とかグッズ、緩和できる薬とかを読者は知りたいだろう。キュレーターができることは、ネットにある情報(美術品その物)をよく吟味して、それを一つ一つ丁寧に説明することだと思う。
 花粉症の原因について、Aというサイトが簡単で分かりやすいとか、Bというサイトは少し専門的だけどより詳しく分かるとか。グッズについてもこの薬局のページは豊富にグッズを紹介していて通販もあるよとか。
 学芸員が贋作を作って美術館で展示していたらおかしいと言われる。キュレーションメディアも同じではないか。確かに専門家じゃなければ、正確な医療情報の発信は難しい。でも専門家が発信した情報が素人の目で分かりやすいか、それとも役立ったかコメントすることはできる。学芸員がキャプションを付けるように。学芸員は絵を描けるわけじゃないが、その絵がどのような物か説明はできる。
 できればこれからキュレーションメディアはあまり日の目を見ないけれど重要な情報や他の人に伝えたいというサイトなどを紹介して欲しい。それが本来の在り方ではなかろうか。
 例えば私は一時期、パニック障害のような症状で電車に乗れなかったが、何とか克服した。その過程をここで克明に綴っても本当に困っている人に見て貰えるかは分からない。それをキュレーションメディアで拾ってもらって、こんなサイトがありますよと紹介して貰えば、きっと助かる人がいるだろう。