要旨
- ポイント1:不誠実な選挙人は一般投票の結果に従わずに自由意思で投票する者を指す。
- ポイント2:不誠実な選挙人は、必ずしもトランプの代わりにヒラリー・クリントンを大統領にしようと考えているわけではない。単にトランプの当選阻止を考えている。
- ポイント3:不誠実な選挙人は民主党員の中にもいる。つまり、本来、ヒラリー・クリントンに投じるべき票をトランプ以外の共和党員に投じることで共和党内の反トランプを抱き込もうとしている。それはトランプの当選阻止を実現するためである。
トランプに投票しない選挙人、では誰に投票するのか
2016年アメリカ大統領選挙の選挙人投票が12月19日正午に迫っている。日本時間では、12月20日午前2時(東部)~午前7時(ハワイ)になる。まず選挙人制度そのものについては、選挙人制度とはどのような制度なのかを参照されたい。今回の問題は、はたして不誠実な選挙人(Faithless Electors)がどの程度、出るかである。
「トランプ懐疑論者の選挙人は辞任したが、まだ資格を失っていない」という12月1日の記事によれば、早くも8月にジョージア州の共和党選挙人バオキー・ヴーは、トランプに投票しないと公表している。ヴーは春に行われた州党大会で選挙人に選出されている。
少し私が解説を付け加えると、その時点ではトランプはまだ共和党大統領候補になっていない。つまり、ヴーは共和党大統領候補に投票することを約束して選挙人になったが、トランプに投票することを約束したわけではない。 そのためトランプが大統領候補指名を獲得した後、トランプに投票しないと公表している。
最終的に、ヴーは選挙人を辞退すると発表したが、選挙人の資格を喪失したわけではない。選挙人投票の当日に欠席して、他の選挙人達が代わりの選挙人を選ぶまで有効である。
さらにテキサス州の共和党選挙人アート・シスネロスも辞意を表明している。ジョージア州と同じく他の選挙人達が代わりの選挙人を選ぶ。
12月6日の「テキサスの選挙人がトランプに投票しない最初の選挙人に」という記事によれば、テキサス州の共和党の選挙人クリストファー・スープランは、トランプに投票しないと公表している。
大統領にふさわしくない者を選ぶことはできないという理由を明かしている。そこでトランプではなく他の共和党員に投票すると述べている。つまり、ヒラリー・クリントンが一般投票でトランプを上回っているという理由でトランプに投票しないわけではない。もし仮にそうであれば、ヒラリー・クリントンに投票すべきだからだ。
スープランはアレグザンダー・ハミルトンが『ザ・フェデラリスト』で展開した論を根拠にしている。すなわち「良識に基づく選挙人は国家の善のために正しいことができる」という論である。 『ザ・フェデラリスト』第68篇は、民衆を扇動するような者や外国の影響を受けている者は大統領としてふさわしくないと述べている。スープランによれば、トランプはそうした指摘に当てはまるという。だからこそトランプに投票しない。
選挙人の中には「ハミルトンの選挙人」を名乗ってスープランと同じく不誠実な選挙人になろうという者達がいる。そうした者達はワシントン州に3人、コロラド州に4人いるという。ただ注意しなければならない点は、ワシントン州もコロラド州も両方ともヒラリー・クリントンが勝利を収めている。つまり、両州の選挙人はもともとトランプに投票することが求められる選挙人ではない。ヒラリー・クリントンに投票することになっている。
ここからは私の考えになるが、そうした7人の選挙人がなぜ不誠実な選挙になろうというのか。彼らは本来、ヒラリー・クリントンに投票しなければならないが、ヒラリー・クリントンではなくトランプ以外の共和党員に投票しようとしている。そうすることでトランプ以外の人物を大統領に据えようとしている。極言すれば、共和党の勝利を認めておいて、トランプ以外の大統領を据えようという戦術である。共和党内の反トランプ派を抱き込もうという戦術だろう。ヒラリー・クリントンに投票するように共和党の選挙人に呼び掛けるのは難しいが、同じ共和党員であれば同調する共和党の選挙人がきっといつはずだという判断である。
この問題に関して考えるのであれば、「ワシントン州の選挙人が反トランプ運動に参加」という記事は必見。
「ハミルトンの選挙人」
「ハミルトンの選挙人」の設立趣旨には以下のように書かれている。
「ハミルトンの選挙人」は、選挙人には国家の将来を守る責任があり、職務にふさわしい人物を次期大統領に選ぶ義務を持つという信念に賛同する市民である。我々は、選挙人は必要に応じて大統領にふさわしくない人物から国家を守る安全装置になるべきだというアレグザンダー・ハミルトンの信念を尊重している。2016年、我々は党派を超えてアメリカのことを第一に考えなければならない。選挙人の中には国家の善のために責任ある共和党員を大統領にしようと党派の垣根を越えて活動している者達がいる。メッセージを共有することで勇気ある市民を支持して欲しい。そして、トランプに対するあなたの不安を示して欲しい。アメリカは大統領にふさわしい人物を選ぶべきである。
つまり、彼らはヒラリー・クリントンを大統領にしたいとは言っていない。あくまでトランプの当選阻止が目的である。極言すれば、トランプ以外の人物であれば共和党員でもかまわない。彼らの表現ではResponsible Republican candidateであればよい。確かにこうした主張であれば、先述のように共和党内の反トランプ派を味方に付けやすいだろう。
参考情報:国立公文書館(National Archives)の役割
国立公文書館はその名前の通り、アメリカの公文書館を管理している。独立宣言や合衆国憲法、奴隷解放宣言、日本の降伏文書の原本などを収蔵している。
大統領選挙では、50州とコロンビア特別行政区から選挙人の当選証明書を集める。そして、国立公文書館の職員に当選証明書が受納される。それをもって連邦政府が選挙人投票を受け取ったことになる。
1876年の大統領選挙のように二種類(共和党と民主党)の当選証明書が送られてくるという困った事態が起きたこともあった。そして、議会によってどちらの当選証明書が有効か決定された。現在では、その時の反省を踏まえて州自身が判断を下して一種類の当選証明書を送るように規定されている。
当選証明書を集めた後、正式な開票は1月6日に議会で行われる。 このように選挙人投票で重要な役割を果たして国立公文書館だが、選挙人投票について以下のようにまとめている。
選挙人になるための資格
合衆国憲法には、選挙人の資格に関する規定はほとんどない。第2条第1節第2項によれば、連邦上院議員、連邦下院議員、もしくは合衆国の行政官は選挙人になることはできない。また修正第14条によれば、合衆国に対する反逆罪や合衆国の敵との通謀罪に問われる州の行政官は選挙人になることはできない。この禁止規定は南北戦争の経験を考慮に含めて制定された。
州文書局全国連盟(NASS)は、選挙人に関する州法について概観を編纂した。それは「大統領選挙人に関する州法の概観」としてまとめてある。各州は、選挙人の当選証明を発行しなければならない。州による当選証明だけで選挙人はその資格を認められる。
誰が選挙人を選ぶのか
各州の選挙人選出は2つの過程をたどる。第一の段階では、各州の政党が一般投票の前に選挙人団を選ぶ。第二の段階では、一般投票の日に、一般有権者が選挙人を選ぶ。
第一の段階は各州の政党が管理する。各州によって異なっているが、概ね州党大会で選挙人を指名するか、もしくは中央委員会で投票によって選挙人を指名する。こうした過程は、各州でそれぞれの政党によって行われる。したがって、各大統領候補は、それぞれ独自の選挙人団を持つことになる。政党は、党に対する貢献で選挙人を選ぶことが多い。州の公職者であったり、政党の有力者であったり、もしくは大統領候補の知人であったりする。
第二の段階は、一般投票の日に起きる。各州で一般投票が行われて選挙人が選ばれる。各州によって、大統領候補の下に選挙人団の名前が記される場合と記されない場合がある。ネブラスカ州やメイン州を除いて州全体で最多の得票を集めた大統領候補を指名する選挙人団がその州の選挙人団として認められる。ネブラスカ州やメイン州では、州全体の勝者が2人の選挙人を獲得し、その他は下院議員選挙区単位で1人ずつ選挙人が選ばれる。
選挙人の誓約と義務
一般投票の結果に従って選挙人が投票しなければならないという規定は合衆国憲法にも連邦法にも存在しない。しかしながら、州の中には、一般投票の結果に従って、投票するように求める州もある。そうした拘束には二つの種類がある。州法による拘束と政党による拘束である。12月18日追記
連邦最高裁判所は、合衆国憲法は選挙人が完全に自由意思で行動できるとは必ずしも規定していないので、政党は選挙人を指名する場合に誓約を求めても問題ないという見解を支持している。州法の中には、いわゆる「不誠実な選挙人(Faithless Electors)」に対して罰金を科したり、無効票判定を下したり、他の選挙人と交代させたりする規定がある。連邦最高裁判所は、合衆国憲法の下で誓約や罰金を強制できるか否かについて特に判定を下していない。なぜなら誓約に背いて投票した選挙人は誰も訴追されていないからである。
今日、一般投票の結果に背いて政党が指名する者以外に投票する選挙人は非常に珍しい。通常、選挙人は政党の中の有力者であり、政党への長年の貢献で選ばれるからである。これまでの歴史の中で99%の選挙人が誓約通り投票している。
州文書局全国連盟(NASS)は、選挙人に関する州法について概観を編纂した。それは「大統領選挙人に関する州法の概観」としてまとめてある。
「2人のコロラド州の『不誠実な選挙人』がヒラリー・クリントンに投票しないと決心を固める」という新しい記事によれば、民主党のコロラド州の選挙人がヒラリーに投票せずにトランプ以外の穏健な共和党員に投票するという。コロラド主はヒラリーが獲得しているので民主党の選挙人はヒラリーに投票できる。しかし、わざわざヒラリーに投票せずに共和党員に投票するのは、明らかにトランプを阻止するための運動である。ただ不誠実な選挙人によって選挙結果が覆る可能性は極めて低いと多くの人々が冷静に考えるようになったのか世論の反応は鈍いようだ。
『選挙人団:12月19日、ヒラリー・クリントンを大統領に』という運動について前に紹介したが、さらに『選挙人団に請願を』というサイトが立ち上げられている。その中に「トランプの危険性」と題したページがあるがソーシャルメディアによるシェア数はあまり多くない。おそらくあまり影響はないだろう。
12月19日(日本では20日早朝)になれば結果が分かるが、過去の例からすれば、不誠実な選挙人は多くても数人、二桁には届かないのではないかと思っている。