アメリカ歴史旅IX―インディペンデンス・ホール&コングレス・ホール(フィラデルフィア)

前回のアメリカ歴史旅VIIIに続いてフィラデルフィア。独立戦争当時、最大の都市であり、大陸会議が置かれた。フィラデルフィアの歴史スポットと言えば、やはりインディペンデンス・ホール。独立宣言が討議された場所であり、憲法制定会議が開催された場所。それとコングレス・ホール。今で言うと、国会議事堂みたいなもの。

Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホール外観

有名なリバティ・ベルは昔、インディペンデンス・ホールの上部にあった。今は記念館で展示されている。

Washington statue at Independence Hall
インディペンデンス・ホール前のワシントン像


『アメリカ人の物語』から抜粋。
 5月10日、第2回大陸会議は、ペンシルヴェニア植民地議会議事堂で開催された。ペンシルヴェニア植民地議会議事堂は、後にインディペンデンス・ホールとして知られるようになる建物である。鐘塔に吊るされた自由の鐘がアメリカの将来を祝福するかのように高らかに鳴っている。印紙条例やタウンゼント諸法などに反対する市民を招集する時にも使われている。この自由の鐘には、旧約聖書にある「全地上と住む者すべてに自由を宣言せよ」という言葉が刻印されている。それはクエーカー派の信仰を反映している。自由は神から与えられた恩寵である。鐘の音が響き渡るように、あらゆる人びとに自由が行き渡ることを願っている。 
 自由の福音を聞きながら代表たちは、緊迫した面持ちを議場に並べている。第1回大陸会議によって行われた請願は、ことごとく本国に拒絶され、新たなイギリス軍が大西洋を渡ってアメリカに向かっているという報せが届いている。第1回大陸会議で議長に選ばれたペイトン・ランドルフが再び議長に選ばれる。しかし、ランドルフが辞退したために、ジョン・ハンコックが代わって議長になる。 
Lincoln standing place at Independence Hall
リンカンが立っていた場所を示す銘板

Lincoln standing place at Independence Hall
リンカンがインディペンデンス・ホールの前で演説している様子

Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホールの時計台

Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホール前のワントン、アダムズ、ジェファソン

Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホール前で輿に乗るフランクリン

Interior of Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホール内部

Interior of Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホール内部

John Adams appointed Washington as Commander of Continental Army at Independence Hall
インディペンデンス・ホールでワシントンを総司令官に推挙するアダムズ

『アメリカ人の物語』から抜粋
 会議が始まる。アダムズは、その言葉通り持説を忌憚なく展開する。ボストンを包囲する植民地軍をこのまま支援せずに放置すれば、イギリス軍は隙を突いて出撃するだろう。もしそうなれば植民地軍は崩壊する。それを防ぐ唯一の手段は、植民地軍を統合して新たな軍を組織することだ。そのために総司令官を任命するべきである。 
 議長席でアダムズの演説を聞いていたジョン・ハンコックは、思わず腰を浮かして前のめりになる。アダムズが自分を総司令官に推挙するのではと期待したからだ。ハンコックの顔に満面の笑みが浮かぶ。自分が英雄になる時が遂に来た。しかし、アダムズが続けた言葉は、ハンコックの期待を完全に裏切る。 
「ここで私は、心の中に抱いている1人の紳士の名前を躊躇せずに出したいと思う。その紳士はヴァージニアから来ていて、今、我々とともに会議の椅子に腰掛けている。誰もが彼をよく知っている。将校としての技能と経験、自活するのに十分な資産、偉大な才能、そして、諸事に精通した性質を持つ紳士は、この国のどんな人物よりも、全アメリカの称賛を受けて、全植民地の尽力を1つにまとめあげるだろう」 
Interior of Independence Hall in Philadelphia
憲法制定会議

『アメリカ人の物語』から抜粋
 ハワード・クリスティーが描いた『合衆国憲法署名の情景』には、憲法に署名する39人の代表達が描かれている。誰もが演壇に立つワシントンの姿に目を奪われる。部屋に差し込む光がその姿を明るく照らし出している。それと同時にまるでワシントンから光が放射されているように見え、演壇の前のフランクリン、ハミルトン、そして、マディソンを照らし出している。 
 署名を行おうと集まっている代表達の中でワシントンは直立不動の姿勢を保っている。様々な色の服装を纏っている代表達に対してワシントンの服装は黒一色である。 
 ワシントンは代表達と相対しているが、その視線は将来を見据えるかのように天上に向けられている。それは政治的争いから超越した姿を示しているかのようだ。クリスティーの絵は、ワシントンが憲法制定会議に及ぼした影響力を端的に表現している。当時の新聞は、次のようにワシントンに寄せる期待を記している。 
「1787年、我々はワシントンを愛国者達と英雄達から選ばれた一団の頭に戴いた。彼らはアメリカの無秩序を抑制して、ワシントンがその剣で祖国のために勝ち取った良き政府によって自由を守る盤石な礎を築くべく先導している」
President's Chair at Independence Hall in Philadelphia
議長の椅子

『アメリカ人の物語』から抜粋
 そして、代表達はひとり一人順番に憲法案に署名する。憲法案への署名が終わろうとしていた時のことである。フランクリンは議長が座る椅子のほうをじっと見つめていた。椅子の背後には昇る太陽が描かれていた。その絵を描いた職人の腕はあまり良くなかったらしい。見たところ、その絵が昇る太陽なのか沈む太陽なのか判別することは容易ではなかった。 
 ゆっくりと立ち上がったフランクリンは、一座の者を見渡して、「会期中、何度も私は会議の成果についてあれこれ希望を持ったり失望を感じたりしながら、議長の椅子の背後を眺めていて、太陽が昇るか沈むか、どちらの様子なのかが分からなかった。しかし、今、ようやく、幸いにもそれは沈む太陽ではなく昇る太陽だと分かった」と言った。
Interior of Independence Hall in Philadelphia
インディペンデンス・ホール出口付近

Interior of Independence Hall in Philadelphia
憲法制定会議に出席するフランクリンとワシントン

Congress Hall in Philadelphia
コングレス・ホール(訪問時は外装修復中)

Interior of Congress Hall in Philadelphia
一階の下院議場

Interior of Congress Hall in Philadelphia
コングレス・ホールの階段

Interior of Congress Hall in Philadelphia
上院議場

ワシントンは1793年の2回目の就任式はコングレス・ホールの上院議場でおこなわれた。こういう情景がワシントンの目に映っていたはず。

『アメリカ人の物語』から抜粋

 2回目の就任式は1793年3月4日に行われた。この日を待ちに待っていた少年がいた。少年はアメリカを代表する人物がどのような人物であるかその目で確かめたいと思っていた。今日がその機会である。 
 運良く少年は、連邦議会議事堂の扉の前にある乗降段に場所を占める。少年の目にまず映ったのは群衆の帽子である。まるで寄せては返す波のように数多くの帽子が蠢いていた。群衆は連邦議会議事堂に入れるわけではない。あまりに数が多すぎるからだ。それでもワシントンの姿をただ一目見るためだけに人々は集まって来たのである。人々の視線はチェスナット通りの先に向けられている。その方向から大統領がやって来る筈だ。 
 やがてクリーム色の馬車が連邦議会議事堂に向かって来た。6頭の駿馬に牽かれた馬車には、美しい四季の情景が描かれていた。乗降段の前で馬車は停まる。白杖を持った2人の男が、大統領の姿を近くで見ようと押し合う群衆を掻き分けて、馬車から乗降段までの道を空ける。ワシントンが姿を現すと、群衆から歓声が上がる。ワシントンは乗降段まで足を進めると立ち止まって優雅に頭を巡らせた。 
 群衆の中で揉まれて少年は大統領のすぐ傍に押しやられた。手を伸ばせば大統領の衣服に触れることさえできそうな距離であったが、少年はまるで感電するかを恐れるかのように手を引っ込めた。自分がなぜそのような行動を取ったのか分からなかったが、漠然とこの人に安易に手を触れてはならない気がした。それは誰もがワシントンに対して抱く感情であり、この少年だけが特別であったわけではない。 
 まるで石像のように立ち尽くしていたワシントンであったが、道が開くとゆっくりと議事堂の中に歩みを進める。その様子を群衆は静かに見守っている。少年は、大統領の服の裾に隠れるようにして議事堂に滑り込む。少年を咎める者は誰もいない。誰もがワシントンの姿を見ることに気を取られて少年の姿など目に入らなかったからだ。ワシントンがロビーに姿を現すと、議員達をはじめとする紳士貴顕が出迎える。入口の傍には大きな鋳鉄のストーヴがあった。少々やんちゃなことをしても許されるのが少年の特権である。そこで少年は、自分に与えられた特権を生かしてストーヴに攀じ登る。幸いにもストーヴには火が入っていなかった。この格好の物見台から少年は、紳士貴顕の様子を悉く視界に収める。 
 ワシントンが議場に入ると、死のような静寂が周囲を覆う。咳きを立てる者さえいない。時刻は12時を打ったところであった。ワシントンはいつも12時丁度に議場に入るのが常で寸毫も遅れたことはない。議場、ロビー、そして、傍聴席にいるすべての人々の目が大統領に注がれる。議員達は起立して大統領を迎える。ワシントンは議員達の間を縫う広い通路を進む。そして、議長席に座る。 
 少年の目には、議長席の近くにいる真紅のベストと青い外套を着た痩せぎすの背が高い男の姿が映った。血色が良く髪は赤みがかっていた。そして、何よりも印象的であったのはその輝く瞳であった。それはジェファソンであった。 
 ジェファソンと対照的に青白い顔をした小柄な男が見えた。それはマディソンである。 
 そして、もう1人、丸々とした身体で窮屈そうに畏まっている男もいた。それはノックスである。 
 ハミルトンの姿は見えなかったが、きっと席を外していたのだろう。おそらく名のある人が他にもいたに違いないが、少年の知識では誰が誰かを見極められず、それを聞くべき人も見つからなかった。迂闊に質問などすれば、つまみ出されてしまうかもしれない。 
 ワシントンは一礼すると黙って議長席に座り、悠揚迫らぬ態度で議員達が再び席に戻るのを待つ。少年からも大統領の姿がよく見えた。黒いヴェルベットのスーツに、ダイヤモンドの膝当て、磨き上げられた銀の飾り留め、黒い絹の靴下、そして、儀仗用の剣がその身を飾っていた。髪は念入りに結われ、後ろで絹の袋で束ねてあり、髪粉が雪のように振られていた。そして、大きな黒いリボンが装身具として添えられている。テーブルには、大きな花形記章が付いた三角帽が置かれていた。 まずワシントンは、赤いモロッコ革のケースから眼鏡を取り出して膝に置く。次にポケットから演説の草稿が引っ張り出された。そして、眼鏡を掛けて草稿を握ると立ち上がって演説を読み始めた。 
 少年の耳にはワシントンが確かに聞こえていたがその内容を理解できなかった。ある者は、「彼の発声は顕著な欠点はないが非常に優れている点もない」と記している。ただ少年の記憶には、背筋を伸ばして議員達の前に立つ大統領の姿が残った。少年の代わりに、ワシントンがいったい何を語ったのか私が補足しておこう。それは僅か135語の就任演説である。歴代アメリカ大統領の就任演説の中で最も短い。 
「同胞市民へ。我が国の声によって私は再び首長の役割を果たすように求められました。適切な機会が訪れたので、顕著な名誉と合衆国の人民によって私に託された信任を享受することの高邁な意義を示したいと思います。大統領としての公的な行為を行う前に、神は宣誓を必要としています。あなた達が列席する中、私が今、行おうとしているこの宣誓は、もし私の政権期間中に、憲法の禁止事項を故意に、もしくは知ったうえで侵害した場合、私はこの厳粛な儀式を今、見ているすべての者達の非難を受けるでしょう」 
 演説を終えたワシントンは少しの間を取って議場から退出した。草稿は議会の書記官に手渡された。こうして一部始終を見届けた少年は、ストーヴに腰を降ろして溜息を付いた。ずっと息を詰めていたことを我に返ってはじめて気付いたのである。歴史の1頁を見たのかもしれないと少年は思った。
Interior of Congress Hall in Philadelphia
各種の委員会に使われていた部屋

Interior of Congress Hall in Philadelphia
事務机

Interior of Congress Hall in Philadelphia
室内

Interior of Congress Hall in Philadelphia
唾をはく場所

アメリカ歴史旅Xに続く。