ミュージカル『ハミルトン』歌詞解説2―Aaron Burr, Sir 和訳

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The lights change. Aaron Burr emerges. He is approached by Hamilton.


COMPANY: 

Seventeen seventy-six. New York City. 

「1776年、ニュー・ヨーク・シティ」


解説:西インド諸島からニュー・ヨークに渡ったハミルトンは、エリザベス・アカデミー(予備校のような学校)で勉学を積んだ後、キングズ・カレッジ(現コロンビア大学)に入学したが、在籍は二年余り。1776年2月にはニュー・ヨーク邦が結成した砲兵隊の隊長に就任して戦いに身を投じた。そして、1776年夏、ジョージ・ワシントン率いる大陸軍とイギリス軍の間でニュー・ヨーク・シティをめぐる争奪戦が起きる。ハミルトンは砲兵隊の隊長として活躍している。諸説あるが、おそらくその頃にワシントンと出会ったと言われている。

大陸軍は善戦したものの、敗北を喫し、ニュー・ヨーク・シティはイギリス軍の手に落ちた。シティは終戦まで解放されなかった。


HAMILTON: 

Pardon me. Are you Aaron Burr, sir? 

「すみません、あなたがアーロン・バーさんですか」


解説:実年齢はバーのほうが下。それでもハミルトンがバーを敬っているのは、バーが齢16歳にしてすでに学士号を取得していたからである。ハミルトンとバーは、ニュー・ヨーク近郊に同時期に滞在したことがあり、数年前から顔見知りだった可能性がある。少なくともハミルトンは、有名人であるバーの名前を聞き知っていたはずだ。


BURR: 

That depends. Who's asking? 

「さあ、どうかな。ところで君は誰かな」


HAMILTON: 

Oh well sure, sir. I'm Alexander Hamilton. I'm at your service, sir. I have been looking for you. 

「それももっともですね。私はアレグザンダー・ハミルトン。何なりとお申し付けを。私はあなたをずっと探していたのです」


解説:ミランダは「もちろんこれはハミルトンとバーの架空の出会いである。私は明確にわかっている事実から考えた。バーは非常に若く早く大学を卒業した。バーがハミルトンに言っていないことがある。バーの父は大学の学長であったことだ。贔屓があったかもしれない。しかし、ハミルトンはそんなことを知らない。お金がなく時間を無駄にできないハミルトンは、ただバーが早く卒業したことを知っていただけだ」と記している。


BURR: 

I'm getting nervous.

「ぞくぞくするね」


HAMILTON: 

Sir... I heard your name at Princeton. I was seeking an accelerated course of study when I got sort out of sorts with a buddy of yours. I may have punched him. It's a blur, sir. He handles the financials?

「私はあなたのお名前をプリンストンで聞きて、飛び級したいと申し出ましたが、あなたのお友達にはうんざりしました。奴をぶんなぐっておけばよかったかもしれません。確か奴は会計係だったような・・・」


解説:「Princeton」とは、プリンストン大学のことだが、当時はカレッジ・オブ・ニュー・ジャージーという名前であった。バーは十一歳でカレッジ・オブ・ニュー・ジャージーに入学しようとしたが、あまりに年齢が低すぎると拒絶され、十三歳で二年生に編入して16歳で卒業した。ハミルトンもバーに倣おうとカレッジ・オブ・ニュー・ジャージーの学長と面談して飛び級を申し入れたが受け入れられなかった。


BURR: 

You punched the bursar? 

「会計係をぶんなぐりたかっただと」


解説:「bursar」=「burr, sir」という言葉遊び。会計士の話云々はこの言葉遊びをするため。


HAMILTON: 

Yes, I wanted to do what you did. Graduate in two, then join the revolution. He looked at me like I was stupid, I'm not stupid. So how'd you do it? How'd you graduate so fast? 

「ええ、私はあなたのように2年で卒業したかったんです。それから革命に参加したい。奴は私を馬鹿だと思ったようですが、私は馬鹿じゃない。それであなたはどうやったんですか。どうやってそんなに早く卒業したんですか」


BURR: 

It was my parents' dying wish before they passed. 

「両親が亡くなる前に言い残したことだったからさ」


解説:バーの父はカレッジ・オブ・ニュー・ジャージーの学長であったが、早くに亡くなっている。母親もバーが幼い頃に亡くなっている。


HAMILTON: 

You're an orphan Of course! I'm an orphan. God, I wish there was a war! Then we could prove that we're worth more Than anyone bargained for... 

「あなたは孤児なんですね。私も孤児ですよ。ああ、戦いがあればなあ。我々はきっと誰をも驚かせる活躍ができるのに」


解説:バーの場合は両親が死別したので孤児になったが、ハミルトンの場合は母が亡くなった一方で父は蒸発なので少し事情が違う。

ハミルトンが戦争の勃発を望んでいたのは確かである。まだニュー・ヨークに来る前に友人に宛ててハミルトンは、もし戦争が起きればのし上がれるチャンスがあるのにと告白している。ハミルトンは自分が強い野心を持つ人間だと自覚していた。


BURR: 

Can I buy you a drink? 

「一杯おごろうか」


HAMILTON: 

That would be nice. 

「すばらしい」


BURR:

While we're talking, let me offer you some free advice. Talk less. 

「では歩いている間に、君にちょっとした助言を与えよう。あまり口を挟まないように」


They enter Fraunces Tavern, where a rapcirle comprised of Laurens, Lafayette & Mulligan is underway.


解説:ここでハミルトンとバーが連れ立って入るのがフロンシス亭である。フロンシス亭はニュー・ヨーク・シティで最も有名な居酒屋であり、数々の歴史の舞台になった。

ミランダは「フロンシス亭はもちろん現存する。彼らは冬にホット・トディ(ブランデー・ウイスキーなどに湯・砂糖・香辛料を加えた飲み物)をたくさん飲んだ」と記している。


HAMILTON: 

What? 

「どんな助言を」


BURR: 

Smile more. 

「にこにこするように」


HAMILTON: 

Ha.

「はは」


BURR: 

Don't let them know what you're against or what you're for. 

「君の去就をはっきりさせないように」


解説:上流階級や社交界を知り抜いているバーならではの助言である。つまり、そういう世界では、自分の考えをはっきり言わずにうまく立ち回るほうが得だということである。バーの信念だと言える。

その一方でハミルトンは自分の考えを隠さず率直に言ってしまうことが多かった。そのため多くの人々に強く愛されたのと同じく、多くの人々から強い反感を買うことがあった。


HAMILTON: 

You can't be serious. 

「ご冗談でしょう」


BURR: 

You want to get ahead? 

「のしあがりたいんだろう」


HAMILTON: 

Yes. 

「はい」


BURR: 

Fools who run their mouths off wind up dead.

「ぺらぺら喋る奴は死ぬ」


LAURENS: 

Yo yo yo yo yo! What time is it? 

「おい、もう頃合いじゃないか」


LAURENS, MULLIGAN: 

Show time! 

「お楽しみの時間だぜ」


BURR: 

...like I said... 

「・・・私が言ってるように・・・」


LAURENS: 

Show time! Show time! Yo! I'm John Laurens in the place to be! Two pints o' Sam Adams, but I'm working on three, uh! Those redcoats don't want it with me! Cuz I will pop chick-a-pop these cops 'til I'm free! 

「お楽しみの時間だぞ、お楽しみの時間だぞ。ジョン・ローレンスのお出ましだ。サム・アダムズを二パイント飲んでも三時に私は働いているぞ。赤服達は一緒に楽しめないさ。なにしろ私が自由になるために奴らをぶちのめそうとしているのだから」


解説:「Sam Adams」とはビールの銘柄。独立戦争当時は存在しない。その名前のもとになったサミュエル・アダムズは「革命の父」とでも言うべき存在であり、初期から革命運動を指導した。サム・アダムズを飲むということは革命思想にはまったということだろう。

後半部分は解釈が難しい。「cop」というのは警察のことだが、当時はそういう言い方はしない。ここには次のようなダブル・ミーニングが埋め込まれている。

独立戦争当時は、自由の敵である赤服(イギリス兵)を自由を求める私(アメリカ人)がやっつけるということだが、現代的な文脈では、自由を抑圧する警察を自由を求める私(マイノリティー)がやっつけるということだ。自由と独立を求めた十八世紀の闘争を自由と平等を求める現代の闘争と重ね合わせたと言える。


LAFAYETTE: 

Oui oui, mon ami, je m'appelle Lafayette! The Lancelot of the revolutionary set! I came from afar just to say "Bonsoir!" Tell the king, “Casse-toi!” Who's the best? C'est moi! 

「おおわが友よ、私はラファイエット。革命のランスロット降臨。遠くから来たばかりだけど『こんばんは』と言うよ。それから『ぶちのめす』と国王に伝えよう。誰がいかしているかって。私だよ」


解説:ランスロットはアーサー王伝説に登場する円卓の騎士の代表格。アーサー王に忠実であったが、後に裏切る。ハミルトンをアーサー王に見立てた場合、ラファイエット役が第二幕でジェファソン役に切り替わるとまさにアーサー王伝説の通り。国王は文脈からしてイギリス王のこと。


MULLIGAN: 

Brrrah, brraaah! I am Hercules Mulligan, Up in it, lovin' it yes I heard ya mother say “come again?” 

「ああああ、私はハリキューズ・マリガン。お任せあれ、うまくやるさ。私はおまえのおふくろが『もう一度』と言うのも聞いたぞ」


解説:独立戦争中、マリガンは本業の仕立て屋を続けながら密偵として活動していた。そうした諜報活動をユーモアたっぷりに説明している。ちなみに「もう一度」は下ネタも含んでいる。


LAURENS, LAFAYETTE: 

Ayyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyyy 

「わわわ」


解説:ローレンスとラファイエットは上流階級なのでマリガンのジョークに驚いている。ただ実はマリガンもどちらかと言えば上流階級に属する。なぜならキングズ・カレッジに通っているからだ。当時、大学は限られた者しか通えなかった。つまり、マリガンは仕立て屋で職人として働いていたというよりも仕立て屋の経営者である。


MULLIGAN: 

Lock up ya daughters and horses, of course It's hard to have intercourse over four sets of corsets... 

「おまえの娘たちと馬にご挨拶。もちろん四枚重ねのコルセット越しにちょっかいを出すのは大変だけど」


LAFAYETTE: 

Wow 

「わあ」


LAURENS: 

No more sex, pour me another brew, son! Let's raise a couple more...

「セックスの話はなしだ。さあもう一杯注いでくれ。さあもっと飲もう」


LAURENS, LAFAYETTE, MULLIGAN: 

To the revolution! 

「革命に」


LAURENS: 

Well, if it ain't the prodigy of Princeton College!

「ええっと、あれはプリンストン大学の神童じゃないか」


MULLIGAN: 

Aaron Burr!

「アーロン・バー」


LAURENS: 

Give us a verse, drop some knowledge!

「ちょっと韻文でも書いてもらって、ご高説を賜りたいところ」


BURR: 

Good luck with that:You're takin' a stand. You spit. I'm'a sit. We'll see where we land. 

「君たちがうまく立ち回れるように幸運を願うよ。唾でも吐いてみろよ。私は座っているから。それで唾がどこまで飛ぶか見てみようじゃないか」


解説:唾を吐くことはお行儀の悪いことである。つまり、バーは手段を選ばず頭角を現せとけしかけている。それで唾が飛ぶのを競うのは、誰が最も功業を立てられるかという競争である。


LAFAYETTE, MULLIGAN: 

Booooo! 

「ぶー」


解説:ラファイエットは貴族なのでバーの言葉に反感を持つが、マリガンは庶民なので感心している。


LAURENS: 

Burr, the revolution's imminent. What do you stall for? 

「バー、革命が差し迫っているが、どうしてあなたはぐずぐずしているんだい」


解説:実際はバーはぐずぐずしていたわけではない。なぜなら独立戦争初期から戦いに身を投じ、苦難のカナダ遠征にも従軍しているからである。


HAMILTON: 

If you stand for nothing, Burr, what'll you fall for? 

「もしあなたに拠って立つものがないなら、いったいあなたは何を信じようというのですか」


解説:ハミルトンとバーの違いをよく示す言葉。これはハミルトンの言葉を実際に引用したものだと考えられるが、出典は同姓同名の別人である。ただ偶然ながらハミルトンの考えをよく示していると思う。ミランダもこの言葉の出典が「20世紀のハミルトン」であると示唆したうえで「ハミルトンとバーの違い」をよく表現している言葉だと述べている。ハミルトンは明確な国家構想を持ち、理念がある政治家だったが、バーは理念がなく政局に動かされやすい政治屋だった。


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